ブナは冷温帯に生育する落葉広葉樹で極相種の一つである。日本では鹿児島県山地以北から北海道黒松内低地以南にかけて分布している。ブナ林はその構造や種構成に大きな違いがある。日本海側のブナ−チシマザサ群団ではブナは純林に近い状態で生育するのに対して、太平洋側のブナ−スズタケ群団では他種と混交林を形成する。また、日本海側にブナ林は実生、稚樹が多いのに対して太平洋側では成木が多く、実生、稚樹が少ない。ブナは林冠下に実生、稚樹バンクを形成し、倒木・立ち枯れによるギャップやフェノロジカルギャップ(春季の開葉時期の違い)を利用して更新を行う。このように、更新には実生・稚樹バンクが重要であることから、実生、稚樹が少ない太平洋側では更新が停滞しているとされている。この違いは冬季の積雪量に起因するという仮説がある。
日本海側では積雪量が多いことによってブナの実生はササによる林床の被陰、ネズミなどによる食害、冬季の乾燥による実生の枯死などのストレスを回避する。それに対して積雪量が少ない太平洋側はブナの実生がそれらのストレスに晒されることで生存率が低下し個体数が増加せず、他種との混交林となる。また、積雪量の多い日本海側ではブナなどの積雪圧に強い樹木は生育できるが、積雪圧に弱い樹木は生育できず、純林に近いブナ林となる。これに対して、太平洋側では積雪圧が少ないことで多くの樹種が生育でき、混交林となる。このように次世代(実生、稚樹)の生育が進行しない状態から太平洋側では更新が停滞していると考えられ、今後、ブナ群落が衰退するのではないかと予測されている。
富士山南斜面の標高1,000m〜1,600mには落葉広葉樹の天然林が存在しており、この森林を構成する落葉広葉樹の中ではブナ(Fagus crenata)が優占種となっている。ほかに、高木種ではイタヤカエデ(Acer mono)、ミズナラ(Quercus crispula)、ヒメシャラ(Stuartia monadeipha)、カツラ(Cercidiphyllum japonicum)、ケヤキ(Zelkova serrata)、シナノキ(Tilia japonica)、サワグルミ(Pterocarya rhoifolia)、ミズキ(Cornus controversa)、ウラジロモミ(Abies homolepis)などが生育し、混交林を成している。