我が国において、従来、海岸林では海岸環境でも生育が良好なクロマツが植栽されており、富士山世界文化遺産の構成資産として登録された「三保松原」のように、人々の生活や文化的活動の場となっている。一方で海岸林は、防風、防砂、防潮等の防災機能も担っているが、クロマツ林はマツ材線虫病(松枯れ)の防除や、土壌貧栄養化のための林床管理を継続的に行う必要があり、費用や労力の面からコストが大きいことが課題となっている。このため、海岸林への導入樹種はクロマツ以外の広葉樹についても検討が必要だと考えられているが、海岸林への広葉樹の導入については不明点が多く、導入技術の確立に向けて研究が進められている段階である。そこで本研究では、遠州灘斜め海岸林において、林分構造を調査することで、今後の広葉樹海岸林造成の一助となるよう検討を行った。
調査は遠州灘斜め海岸林において道路等で分断されていない海岸林を1調査地として区分し、調査地ごとに8〜10m×10〜15mの調査区画を設置し、調査区画内の木本種について、樹種、胸高直径、樹高を記録した。なお、調査地は丘状になっており、丘の海側と山側では植生が異なっていたため、海側と山側に分けて調査区画を設置した。
海側で5区、山側で4区の合計9調査区で調査を行った結果、個体数は、海側ではウバメガシ、トベラ、エノキ、クロマツが多く、山側ではヤブニッケイ、ネズミモチ、ヒメユズリハが多かった。これらの種の多くが、宮脇ら(1987)によって行われた潜在自然植生の構成種と一致していた。胸高段面積が大きい樹種は、海側でエノキ、山側でクスノキ、センダンであった。また、同じ樹種でも汀線から離れるほど、樹高が高い個体が多く分布する傾向が見られた。
本調査の結果から、遠州灘斜め海岸林のように丘状構造の海岸林においては、地域の潜在自然植生を参考に、海側ではウバメガシ、トベラ等の耐塩性のある低木種、山側では、ヤブニッケイ、ヒメユズリハ等の高木種を主体とした群落を目標とすることで、広葉樹林の造成が可能であることが示唆された。また、海岸林に十分に防災機能を発揮させるため、汀線から近い場所では、防風垣等の設置により樹高成長を促す必要があることが示唆された。今後の課題として、遠州灘斜め海岸林での調査地を増やすことで、海岸広葉樹林の造成について、より詳細な考察を行うとともに、県内他地域にも同様の調査を広げていくことで、地域に適応した持続可能な海岸広葉樹林の造成について検討を進める必要があると思われる。