特集:ウルップソウとツクモグサ

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(Produced by)
高山極域環境研究会
(Society for the study of alpine and arctic environment)
& 静岡大学理学部生物学教室
(Faculty of science, Shizuoka University)
バージョン 2.0
( ver. 2.0 )
 八ヶ岳には豊富な高山植物が生育しているが、その中には八ヶ岳を含め数ヶ所にしか生育していない隔離分布と思われるような植物種が含まれている。そのうち、ゴマノハグサ科のウルップソウ(Lagotis glauca)とキンポウゲ科のツクモグサ(Pulsatilla nipponica)は、北海道の一部を除いて八ヶ岳の横岳周辺と北アルプスの白馬岳周辺だけに生育している高山植物である。この2種が八ヶ岳と白馬岳に隔離分布している理由はまだ明らかになっていない。しかし、2種が氷河期に日本列島に南下したときの経路や、その後の生育環境への順応経過が、この特徴的な分布に影響を与えているものと考えられている。




ウルップソウ
Lagotis glauca

ウルップソウ

 ウルップソウ(写真左)は主に、湿った砂礫地に生育する多年生草本植物である。ウルップソウは大きな水分に富んだ葉を数枚、地表面に水平に広げ、花期には紫色の花を多数つけた大型の花序を垂直に伸ばす。一般に高山の稜線付近では、他の高山植物が矮性化し、岩壁や地表面にへばりつくように生育しているのに対し、八ヶ岳の稜線においては、大型のウルップソウの個体群が平坦地や緩やかな斜面に見られ、その様子はひときわ目をひく。
 八ヶ岳と白馬岳のウルップソウを比較すると、形態的にはほとんど差がなかったが、個体群維持の状態、繁殖特性において違いがみられる。個体群の齢構成は、八ヶ岳と白馬岳でほぼ同様で、若い個体が多く、成長するに従い個体数が減少する一般的な傾向がみられた。また、分布様式を調べると、若い個体は集中的に分布し、齢を重ねるに従って分布がランダムになる傾向がみられ、特に白馬岳で顕著であった。興味深いことは、花茎をつける個体はランダムに分布するのに対し、若い個体は集中的に分布することである。この現象から、発芽に適した生育環境が限られていることや、親個体間での種子生産量や発芽率に差があることなどが予想される。
 繁殖に関して、花序あたりの種子数は白馬岳の個体の方が多かった。このことから種子生産に関しては八ヶ岳に比べ白馬岳の方がより適した環境であると言える(図1参照)。

図1
ウルップソウ
1花茎あたりの種子数比較




ツクモグサ
Pulsatilla nipponica

ツクモグサ

 ツクモグサ(写真左)は主に高山の乾燥した草地や風衝地に生育する多年生草本植物である。花期は5月下旬から7月上旬と早く、雪解け後、ただちに生長をはじめ、葉を展開する前に淡い黄色の花を咲かせる。そのため、ツクモグサの花を見ることができる期間は短く、特に八ヶ岳では個体数も少ないため、なかなか花を見ることはできない。
 八ヶ岳と白馬岳のツクモグサを比較すると、分布状況や生育特性に大きな違いがみられる。八ヶ岳では横岳周辺の稜線上でも限られた場所にしか生育しておらず、個体数も少ないが、白馬岳での分布域は広く、個体数も相当数になる。外部形態、生育環境にも違いが見られ、八ヶ岳のツクモグサは個体が小さく、イワウメ、ウラシマツツジ、イネ科草本などからなる植生中(マット中)に生育している。一方、白馬岳のツクモグサは個体が大きく、主に砂礫地や風衝地など、他の植物が多くみられない場所に生育している(図2参照)。

図2
ツクモグサ
個体サイズの比較

ツクモグサ
Pulsatilla nipponica



 ウルップソウとツクモグサは、生育地ごとに異なる生育特性を獲得しながら、これまで隔離された個体群を維持してきた。2種がそれぞれの生育地でこれまでどのように個体群を維持してきたのか、また、生育環境の変化に適応し、将来どのように種(species)を維持して行くのか注目されている。

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