アンデスに生きる巨大な"草本植物"

Huge herbaceous plant in Andes

−100年を生きるセンチュリープラント、プヤ・ライモンディ(Puya raimondii)−

作成
(Produced by)
高山極域環境研究会(代表:増沢武弘)
(Society for the study of alpine and arctic environment)
&
静岡大学理学部生物学教室
(Faculty of science, Shizuoka University)
バージョン 1.0
( ver. 1.0 )

※このホームページの内容は静岡大学理学部とペルー共和国サンマルコス大学理学部の共同提携によって行われた共同研究によるものです。

日本調査隊 代表 静岡大学 理学部 教授
増沢 武弘
ペルー調査隊 代表 サンマルコス大学 理学部 教授
Mery Suni

プヤ・ライモンディ

 標高4,000mを超えるアンデス山脈のボリビアからペルーにかけてセンチュリー・プラントと呼ばれる大型の多年生草本植物、プヤ・ライモンディ(Puya raimondii )が分布している。この巨大な植物はパイナップル科に属し、放射状に広がる葉の部分は幅・高さ共に4mを超える球形となる。この大きさになるまでに70〜100年近い長い年月を要する。そして、十分に成熟したところで数メートルの花茎をつけ、地表面からは10mを超える高さにもなる。このプヤ・ライモンディは、「100年間生き続け100年目に一回だけ花を咲かせて死ぬ」ことから、100年すなわち一世紀を意味するセンチュリーを冠し「センチュリー・プラント」と呼ばれている。
 この特殊な植物に魅せられたのは、イタリア人の研究者であるAntonio Raimondiであった。彼が標高4,000mを超えるアンデスの高山に生きる植物の特異性を世界に知らせた最初の研究者であり、彼の名前から、学名「プヤ・ライモンディ」と命名された。当時の厳しいアンデス高地の調査状況は詳しい記録としては残っていないが、多くの困難を伴ったものと思われる。
 ここではプヤ・ライモンディの生態学的な側面を中心に、今まで詳しく知られていなかったこの巨大な植物の生き方を解説する。

どんなところに生育しているのか

 アンデス山脈は南アメリカ大陸の西側に、南北に細長く広がっていて、その大きさは、エクアドルからチリの一部まで約3,000kmも続いている。この山脈の標高3,000〜4,000mの地帯では比較的平坦な土地が続き、この部分はアルティプラーノと呼ばれている。アルティプラーノには木が生育することはなく、ほとんどが多年生の草本植物群落である。多く見られるものはStipa 属のイネ科草本植物で、草丈は30〜40pほどである。
 標高4,000mを超えるアルティプラーノは、そのほとんどがStipa 属の植物に覆われているが、そのような斜面に突然巨大な植物が出現する(図1と写真1参照)。遠くから見ると、丸いボールのようなものが点々と斜面にあるのが見える。近付いてみるとボール状の球形の植物は直径が4m以上あり、その周辺には小さな球体も多数見られる。また、ところどころ10m以上の大きな花茎を立てた個体も見られる(図2と写真)。高い花茎を持つ個体はどこにでもあるというわけではなく、距離をおいて点々と塔が建っているような状態で分布している。大小さまざまのボールのような個体は毎年花を咲かせるのではなく、長い期間をボールのような状態で過ごし、ある日、何かのきっかけで一気に巨大な花茎を伸長させるのである。この植物は一回結実性植物(Moncarpy)といい、生涯に一度だけ花を咲かせて、花を咲かせた後は必ず枯死する。
  分布の中心と考えられている場所はペルー・アンデスのほぼ中央部にあたり、近くにはワラス(Huaras)という町がある。ワラスから更に車で大きな谷を1時間ほどさかのぼる。すると氷河を抱いた標高5,000m級の山が間近に迫ってくる。谷をさらに1時間ほど北上すると山の西側斜面にプヤ・ライモンディの大きな群落が何カ所か点在するのが見える。
  プヤ・ライモンディはこの辺りだけではなくアンデス山脈の何カ所かに分布している。大きな群落としては、アンデスの南部ではボリビアのラマンチャの群落、中央部にはペルー南部のアヤクチョの群落とワスカラン国立公園の群落、またペルーの北部ではトルフィーヨ地方のサルポ・カリプイ群落が知られている。今回は、これらのうちペルー中央部にあたるワスカラン国立公園内の群落について解説する。


図1. 地図

図2. プヤ・ライモンディの生長過程(模式図)

センチュリープラントの一生

  かつて最初にプヤ・ライモンディの研究を行ったAntonio Raimondi氏によると、図に示したように約100年間ボール(全球型)のような形で生き続け、最後に巨大な花茎をつける。花は受精して種子になり、その種子が周辺に散布されることによって実生が生じる。1本の花茎にどのくらい種子をつけるのか。直接測定した結果では一つの花茎には多くの花をつけ、約30万〜40万個の種子をつける。文献上では100万以上のデータもある。これらの種子は、成熟して枯れた花茎についたまま風によって散布される。いわゆる風散布または自然落下散布種子である。もしこれらの種子が全て地上で芽生えれば大変な量の実生が生じるはずであるが、現地では実生はなかなか見つからない。また小さな個体も数少ないことから、種子を多量に生産するが、実生になる確率はきわめて低いと考えられる。
 種子から芽生え、実生が成長して大型の球形になる過程では二つの段階を経るものと思われる。生育段階の初期は、地表面に放射状に葉を広げた状態で、何年かすると球形になる。図に示すように初期の20〜30年は地表面にお椀を伏せたような半球型の状態で成長する。その後、半球型の状態のものは全体が上方に持ち上がり、徐々に丸い球の姿(全球型)に成長していく。球の形になったものは栗の"イガ"のように全方向に立体的に葉を広げるため、高山では貴重な晴天の日に、昼間の光の利用効率が大変高い形となる。その後、球の形のまま30〜70年過ごし、高さも幅も4mほどになる。現在のところ、予測の域を出ないが、約70〜100年を経た後に、最終的にきわめて大きな花茎を短期間に成長させる。花茎が急速に成長する時期はアンデスの初夏にあたる9〜11月で、巨大な花茎についた花が咲き終わるまでわずか2ヶ月程である。花茎は球の中心を上方に突き破るように成長を始め、高さ約5〜7mの大型の花序となるが、その成長速度はきわめて速い。

形態

   葉は特殊な形をしている。長さ・堅さが通常のパイナップル科のものとは違い、きわめて硬く、また長い葉の葉縁に並んだ鋭いトゲが特徴的だ。生育段階の初期には幅1〜2p、長さ40〜50pの細くて柔らかな葉をつけ、その縁には親個体ほどではないが、かなり硬いトゲをつけている。しかし、10〜20年後に半球型から全球型の形に変わる頃には、葉全体がきわめて硬く、長さは1m近くなり、幅も15〜20p程度になる。最も特徴的な縁にある鋭いトゲは人間がひっかけた場合には、一瞬にして皮膚が切れて出血するほど鋭いものである。
  地元の人達によると、家畜であるアルパカ、リャマ、ヒツジの子供が一旦このトゲに触れると、トゲの集団から抜け出せなくなり、そのままプヤ・ライモンディにひっかかったまま死んでしまうといったことが起こるという。そのため、プヤ・ライモンディに火をつけて焼いてしまうこともある。

葉の枚数と葉群の大きさ

  プヤが1個体にどのくらいの量の葉をつけるか。大型個体では、約1000枚以上の葉を持っている。生育段階において直径と葉の枚数については時間の変化とともに直線的にゆっくりと増えていくが、30年目頃から突然枚数が急速に増加し始める。全体としては3000枚くらいの葉をつけているが、茎の下方の葉は黄色に変色して、枯死している。それらは長期間個体から離脱しない。

花と種子

  1花茎あたり30万個もの種子を生産するため、多量の花が咲き、効率よく受粉が行われているはずである。この花の特徴はクリーム色の花弁の基部に多量の蜜をもっていることである。大量の花が受精して種子になるためには多くの訪花鳥類および訪花昆虫類の働きが必要となる。数多くの鳥が花序に接近していて、とくにハチドリの仲間でPicaflor giante とP. cordillerano が活動している様子が見られた。訪花昆虫類の少ない標高4,000mを超える高山では、これらのハチドリは受粉に対して重要な役割を果たしているものと思われる。
 種子の量については2003年の調査で成熟した種子がついたまま倒れた個体が存在したため、それらについて数を数えた結果がある。それによると花茎は、約7mで1本当たり約30万〜40万粒の種子を生産している。

人の生活とプヤ・ライモンディ

 プヤ・ライモンディが生育するアンデスの4,300m付近は、人間が一年中住むにはきわめて厳しい環境といえる。そのため、夏期の条件の良い期間に標高の高いアルティプラーノに家畜を連れて来て、現地で放牧するのが古くからのインカの人々の慣習であった。この付近で現地の人々が住んでいた石室の家を訪ねてみると、その石室のいたる所にプヤ・ライモンディの枯死した花茎が利用されていることがわかった。プヤ・ライモンディが枯死した後、数メートルもの長さの花茎を切り取り、それらを柱や門の支柱にしていたのである。頑丈な草本植物である。また、石を積んだ家屋の屋根を支えるための梁としても使われていた。屋根の梁にこの植物の花茎を使い、そこにどこにでも生育しているStipa の葉を日本のかやぶき屋根のように並べることによって、雨や寒さをしのいでいる。初夏から秋までこの厳しい高山環境で生活するためには、この植物で作った家は生活になくてはならない役割を果たしていたことになる。


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